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がちゃこん!

スタートはいつもここから。

飛燕

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出張の合間ひさびさに戦記物の小説を読んで戦闘機熱が再燃してきました。

写真は昨年神戸まで観に行った川崎飛行機製の旧日本陸軍三式戦闘機「飛燕」。レシプロ戦闘機の中では最も好きな機体です。

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レシプロ戦闘機ってなんだ?って方も多いと思いますが、大雑把に言うとピストンエンジンを積んだ戦闘機のことです。戦後のジェット戦闘機と区別してこう呼ばれます。プロペラ機でもジェットエンジンターボプロップ等)のものがある為ですね。写真は飛燕に積まれた川崎「ハ140」。液冷(水冷)V型12気筒33,900cc1,350馬力。ドイツのダイムラーベンツ製DB601をライセンス生産した「ハ40」のパワーアップ型です。バイクや車のエンジンとは逆さまにクランクシャフトが上、シリンダーが下になった倒立型という形式です。

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液冷エンジンの利点は正面投影面積が小さく空気抵抗が小さいこと。倒立型は上部がスリムなので視界の確保にも有効でした。有名な零戦などはシリンダーを放射状に配列した(全てのシリンダーに満遍なく風を当てて冷却する為)星型と呼ばれる空冷エンジンを採用しているので機首は丸く太く空気抵抗が大きい為、馬力当たりの速度性能に劣りました。

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以前もてぎで撮影した空冷星型エンジンを搭載したロシアのアクロバティック機「Su-26」の丸い機首。視界の悪さが見て取れますでしょうか。短時間で暖機できる様にプロペラからの風を遮断するシャッターが閉まっているのでエンジンは見えていません。寒いロシアならではの装備ですね。

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同じくもてぎで撮影したアメリカのパッカード製V-1650。イギリスのロールスロイス製エンジン「マーリン」をライセンス生産したもの。ハ140と同じくV型12気筒ですがシリンダーが上になった見慣れた形式ですね。大戦中の最優秀戦闘機と呼ばれるP-51マスタング等に積まれたエンジンで、航空機用レシプロエンジンの最高傑作の一つです。写真のエンジンは戦後、松竹映画が撮影用の送風機として使う為に輸入したものだそうです。この写真撮影している時に隣にいた初老の男性が「うちの親父が輸入したんだよ」と自慢してました。貴重な話を立ち聞きしたなあ。

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過去に作成した飛燕のプラモデル。同じ飛燕でも神戸の復元機は二型改という改良型で模型はハ40を搭載した初期型の内、武装強化型の一型丙というモデルです。二型改とはエンジンの違いから機首が短いなど結構アウトラインが違うのです。

飛燕は当時の陸軍の分類で、主に敵戦闘機と戦う旋回性能を重視した「軽戦闘機」と、爆撃機など大型機を相手にする高速重武装の「重戦闘機」と言うものがありましたが、そのどちらにも属さない「中戦闘機」を目指した機体でした。これは設計者・土井武夫技師の速度、武装、運動性の全てを兼ね備えた理想の戦闘機をつくるという方針に基づいたものでした。結果として完成当初はその理想を具現した機体と言えましたが、性能の要であるエンジンの不調(精巧なドイツ製エンジンをコピー生産する技術力が日本には無かった)などにより、次第に世界の航空技術の発展から取り残されてしまいました。それでも十分な整備を施されて本来の性能を発揮できた機体は当時の他の日本機より優れた高高度性能を駆使し、日本の主要都市を焼き尽くした爆撃機B-29に対し体当たりを含む壮絶な防空戦を展開して少なからぬ損害を与え一矢報いました。

最後に碇義朗著『戦闘機「飛燕」技術開発の戦い』より戦中、陸軍航空輸送部に勤務し、間近に飛燕をはじめとする戦闘機とそのパイロット達と接した女性たちが戦後航空自衛隊岐阜基地に展示されていた飛燕(神戸に展示されたものと同一機体)と再会した際の一節を引用して本項の締めとさせて頂きます。

 「ジェット機は冷たいが『飛燕』には人間的なぬくもりがある」と川村美登里は思い、かつてその操縦席から手をふって南の空に消えた人の面影が大沢光子の胸中によみがえった。人それぞれの思いをよそに飛燕は変わらない美しい姿を横たえ、そのころと同じまっ青な夏空をにらんでいた。